FREE BALLプロジェクト。

皆さんは「ガベージ・ファクトリー」という書籍をご存知でしょうか?

以下は、その簡単な内容です。

「人と自然が共存する南の島、宝海島・・・。偶然宝海島のことを知った都会育ちの主人公・星村ソラは所属するNPO法人の調査で宝海島へ出掛ける。 そこでは海や自然を何よりも大切にする若者たちが、生活の中にサーフィンを取り入れながら、自給自足の生活をする「ガベージ・ファクトリー」という一種のコミュニティを形成していた。そんなある時、彼らが住む島で環境破壊を伴うリゾート施設の開発が強引に進められようとしていた。 ソラや「ガベージ・ファクトリー」の面々は、その自然を愛する思いとは裏腹に、否応無くその環境破壊の波に巻き込まれていく。美しい島の自然を守るべく「ガベージ・ファクトリー」の若者たちと行動を共にするようになったソラは、いつしか島の本当の仲間となっていくのだった・・・」

この著者が僕のサーフィンの大先輩でもあり、画家でもあり、小説家でもある中島修一さんです(ガベージ・ファクトリーを読んでいない方はぜひ、読んでみてくださいね。アマゾンなどで中古本を購入できます)。

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※copyright(c) 中島修一

ビーチマネー事務局のある南伊豆まで訪問していただいたり、僕ら家族も修さんのアトリエがある種子島に行ったりなど、とても仲良くさせてもらっています。

その修さんが最近始めたビーチマネーにも似たプロジェクトをご紹介します。

それが『FREE BALL』です。

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以下、FREE BALLのサイトから引用。

「嵐が通り過ぎた朝、空気はリセットされたかのように澄み渡り、抜けるような青空が拡がっていた。

アトリエから続く小道をくだり、海岸へと出る。

誰も居ない海は、朝日を受けてキラキラと輝き、嵐の・・・名残のうねりをゆっくりと運んでいる。あたりを見回すと様々な漂流物が打ち上げられていた。漂流物と言えば聞こえはいいが、実際は大量のゴミだ。流木などの自然物もさることながら、プラスティックがその大部分を占めているようだ。まったくうんざりする眺めである。プラスティックがまだ無かった時代ならば、流れ着くものは自然物か、加工物だとしても紙や木材ぐらいのものだっただろう。その頃の浜辺を夢想してみる・・・。

・・・嵐の去った浜辺には、流木やヤシの実が流れ着き、所々にガラスの玉が波に洗われながら朝日に輝いている。そこに目にうるさいものは何もなく、美しい一枚の絵のようである。

僕らは、喜んで透き通った吹きガラスの玉を拾い集める・・・。

「漁師の浮き球も吹きガラスからプラスティックに変わり、なんのロマンも無いただのゴミだ!」

そう憎々しく感じていたプラスティックの無骨な球を僕は拾い上げ、しげしげと眺めてみた。

プラスティック成型のその球は、長年海を漂い、太陽に焼かれ、波に打たれて岩や砂に転がされ、その年月を語りかけるように、劣化した表面はなんともいえないテクスチャーを見せていたのだ。僕には、それは陶器のようにも見えた。しかし、それはごく自然なことだった。何故なら、それは、まさに土に還ろうとする自然の摂理を現していたのだから。

その時、僕の中で、ゴミは宝に変わった。

気が付くと僕は、よく熟成が進んだ頃合いの球を抱えてアトリエへと運び込んでいた。
そして、夢中で一つの作品をこしらえた。出来栄えは上々だった。
満足して作品を眺めていると、素晴らしいアイデアが閃いた。
この作品が、もしインテリアとして価値を認められるとしたら、欲しがる人も居るだろう。
もし、沢山の人がこれを欲しがったとしたら、その材料は海岸にタダで転がっている。
それを拾い集める人が出没し、それは自動的なビーチクリーンになるではないか。
また、それを切っ掛けとして、多くの人々の心の中に、自然を大切にする心が芽生えるんじゃないかと・・・」

このFREE BALLの原型である浮き球は、湘南や伊豆半島ではそんなに多く目にすることはありませんが、日本海側の海岸や島には多く漂着しているようなのです。

このプロジェクトの素晴らしいところは、海に行き、ゴミを拾い、その中から浮き球を探し、自分でアートを施し、作品にするという流れ。

また、修さんによれば、ただの作品で終わってしまうのではなく、全国のサーファーをはじめとした海が大好きな人たちがアルバイトをして各々にFREE BALLを創作し、それをFREE BALLプロジェクトが買い取り、それを販売し、環境保護へ・・・という道も十分に可能ともおっしゃっています。

ビーチマネー事務局では、このプロジェクトを応援しています。

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